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理科で出てくる人物

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中学校の理科ではたくさんの人物が出てきます、また理科で新しく習った人物は私立高校の入試ででることが多いのでしっかりまとめる必要があります、なので今回はその人物を1人ずつまとめて行きたいと思います、また今回はあまりでないかもしれない人たちもまとめます。


植物·生命 分野

(1862〜1957)牧野富太郎 ー  植物学者

日本全国の植物を調査して多くの新しい植物を発見して名前をつけた。日本の植物学の父と言われている。「 新日本植物図鑑 」など残した

(1822〜1884)メンデル ー 遺伝の研究

オーストリアのブリュンのある修道院の司祭であったとき、修道院の庭でエンドウを育てて交配実験を行い遺伝の研究につなげた。メンデルは種子の形の他に子葉の色、さやの形、種皮の色、草たけ、花のつき方を研究して、規則性なども遺伝することを調べた。

(1907〜1964)レイチェル·カーソン

レイチェル·カーソンは1962年に「沈黙の春」という著書の中で農薬が生態系に及ぼす危険性を訴えた。ある物質が、生物を取り巻く環境より高い濃度で体内に蓄積されることを生物濃縮という。また、生物濃縮は 上位の消費者ほどその物質が高い濃度で濃縮されている。


物質の変化

(1772)シェーレ

シェーレはものを燃やす働きのある気体を発見し「火の空気」とよんだ

(1733〜1804)プリーストリ

酸化水銀を熱してできた気体にものを燃やす性質を見いだした

(1743〜1794)ラボアジエ

↑の気体を酸素と名づけた。また元素がいくつあるのか最初から決めず実験によって「それ以上分解できないもの」を元素とよぶように提唱した。その後、物質が小さな粒子「原子」からできていることがわかった。

(1834〜1907)メンデレーエフ

メンデレーエフが発表した周期表にはいくつかの空欄があったがその空欄には当時見つかっていない種類の原子が入ると考え、その原子の性質まで予言した。

関連 物質の姿


物理現象(電流)

(1642〜1727)ニュートン

力の単位ニュートンはイギリスの科学者アイザック·ニュートンの名前をもとにつけられた。ニュートンは力や運動の研究だけでなく、天文学、光の研究、数学などいろいろな方面で多くの実績を残した。«万有引力»

(1847〜1931)エジソン

発明家エジソンは1879年に白熱電球を実用化した。また、発電所で発電した電気を各家庭に供給する配電システムづくりに力を注いだことでも知られている。

(1775〜1836)アンペール

電流の単位アンペア(A)もフランスの科学者アンドレ·マリ·アンペールの名前からつけられた。アンペールは、2本の導線に電流を流したときにたがいにはたらく力の性質を調べた。

(1745〜1827)ボルタ

電圧の単位ボルト(V)はイタリアの科学者アレッサンドロ·ボルタの名前からつけられた。ボルタは、2種類の金属と食塩水を用いて、はじめての実用となる電池をつくった。

(1789〜1854)オーム

抵抗の単位(Ω)はドイツの物理学者ゲオルク·ジーモン·オームの名前からつけられた。

(1736〜1819)ワット

電力の単位(W)はイギリスの機械技術者で発明家のジェームズ·ワットの名前からつけられた。鉱山などで用いられていた蒸気機関の改良を行って効率を高め、産業革命の進展に貢献した。

(1818〜1889)ジュール

熱量の単位(J)はいぎりすのジュールの名前からつけられた。1840年に「ジュールの法則」とよばれる関係を見いだした。

(1706〜1790)ベンジャミン·フランクリン

ベンジャミンフランクリンは雷が電気であることを発表したベンジャミンフランクリンは電気の研究を続け、静電気の実験で火花が生じることから雷が電気であることを推測した。電気の+と−を決めたのもフランクリンである。

(1856〜1940)J·J·トムソン

真空放電の現象を研究して電子の正体を明らかにした。その他にもいろいろな研究を行った。1906年ノーベル物理学賞を受賞

(1791〜1867)ファラデー

ファラデーは電気分解の法則や、電磁誘導などの研究でたくさんの名を残した。また、電解質、陽イオン、陰イオンなどの用語もファラデーがつくった。

18世紀末 ガルバーニ

イタリアの解剖学者ガルバーニは死んだカエルの足に2種類の金属を接触させると、あしが感電したように痙攣することを発見した。のち、「動物電気」とな名づけたことなどが電池の開発一歩になった。


地球と宇宙(天動説と地動説)

(83〜168ごろ)プトレマイオス

プトレマイオスは天体の観測を続けた結果、天動説を導き出した。しかし、研究が進み天体が詳しく観測されるようになると、天動説では天体の動きを正確に説明するのがむずかしくなってきた。

(1473〜1543)コペルニクス

コペルニクスは地動説を支持した。地動説は一般に太陽が中心にありそのまわりに地球や他の惑星がそのまわりを回っていて、月は地球のまわりを回っている。しかし、その時代、地動説 地球が回ることは当時の人々にとって受け取られにくかったが、しだいに地動説が受け取られるようになった。

(1564〜1642)ガリレオ·ガリレイ

ガリレオガリレイはコペルニクスにより地動説を確信するようになった一人である。イタリアの科学者ガリレオガリレイは当時発明されたばかりの望遠鏡を夜空に向けさまざまな発見をした。中でも代表的な一つが木星のまわりを四つの衛星が回っていることである。

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